ビューティウォークと私

2010年4月3日

これまでに私の人生を変えた出来事を挙げてみてと問われたら

台湾留学、写真集の出版などいろいろあるがやはり「ビューティウォーク」

との出会いを語らずして自分のことを語ることはできないと思っている。

「ビューティウォーク」とはまさに美しく歩くための教室なのだけれども

わたしはここで人生の基本を学んだ。

美しく歩くことは美しく生きることでもあった。

悶々とダラダラつまらない顔をして会社に通っていたわたしは、

ある日「今なら入会金ゼロ!!」というポスターを見て、気まぐれに

代々木上原のスポーツジムに入会する。(後で気づいたらそこは年中

入会金ゼロのキャンペーンをやっていた。)

2ヶ月くらい過ぎて運動なんて面倒くさいからもうやめようと思っていた

ところに奇跡的に出会ったのが、この「ビューティウォーク」である。

まず先生が魅力的であること、そしてクラスに出ているみんなが

とても美しく輝いていること、クラスに出た後なぜか気持ちがよかった

こと、、、もちろん私はそのクラスの虜になってしまった。

そしてそれ以来、週に2回のビューティウオークのクラスはなにがあっても

欠かさないという生活をその後4、5年ほど続けたと思う。

姿勢がいい女は、体も心も美しい。

chika2

ビューティウオークは少しづつ私のマインドを変え、人生を変えていった。

美というものに興味のなかった私が

「今きれいにならずにいつきれいになるの?」とか

「女がきれいになるためにお金はあるんだから!」とか

「女として生まれたからには、少しでもチャーミングに生きなければ

いけないんじゃあないの?」

などの驚くべき究極のセリフを吐くようになったのもこの頃だったと思う。

わたしは自分の体を意識するようになり、人に見られることを意識するよう

になった。そうすることによってマインドが少しオープンになったと思う。

人は、美しいから姿勢がよいのではない。

姿勢がいいから心も体も美しくなるのである。

それ以来、会社の残業や飲み会やデートの約束よりも、まずスポーツジムを

優先してしまうようになった。

「ああ、、その日はちょっと、ごめんなさい」と言って断ってもまさか

それがスポーツジムのためとは決して言えなかった。

(もし言っていたら、会社や友達を失っていただろう。)

天気のいい日曜日などはスポーツジムに行くのはもったいないと思いながら

もせっせとジムに通った。ビューティウオーク、ヨガ、スイミング、ジャグ

ジーと朝から晩まで ジムでまったり過ごし、夕日を浴びながらぐったりして

家路に着く時のなんともいえない充実感と悲哀感をわたしはいまでも

覚えている。

私のようななまけものが運動を続けるのは容易なことではなかったが、

ビューテイィウオークのおかげでわたしはものすごい筋肉の持ち主になって

みんなにうらやましがられた。(いや、恐ろしがられた。)

Scan 2


このビューティウオークのチカ先生については、いづれまた書こうと

思っているが、たまに気分がやさぐれてしまっているときわたしは

いつもチカ先生に会いたいなと思う。

彼女はいつまでもわたしの心の先生なのである。

そしてさらにこのクラスには 意識の高いいい仲間がいて一緒に

ショーを作り上げたり踊ったり飲みに行ったりとにかく笑いが絶える

ことがない。わたしはその中にいるとき、とても幸せだった。

(ちなみに不思議なことにこのクラスは美人ばかりなのに、

独身率は非情に高く常に約83%ほどはあった。)

人のことは言えないが、はやくここから脱出して結婚でもしましょうよ、

と言うに言えないほど、そこには余裕と気迫と熱気があったと思う。

chika

その先生と仲間との付き合いはもう6年にもなり、遠くにいても

わたしはいつもこの人たちに支えられていることを感じている。

最近どうしていいのか分からないつらい日が続いたが、ふと気づいた。

ビューティウオークの精神にのっとって、

体を変えたら、心も変わる!そんなことを思い出した。

わたしはまず運動をするべきだと思った。

NYでこのビューティウオークに代わる何かと出会うことができたら

わたしはここでもたくましく生きて行けるのではないかと思う。

運動をして、強い精神力を養って

「来年はニューヨークマラソンにチャレンジするよ!!」

とおもしろい冗談を言えるくらいになりたい。

(いや、ぜったいしないけどね。)

ホームシック

2010年3月15日

街を歩いていてふとショーウインドーに映った自分の姿を見て

なんだか無性に悲しくなった。

これを着ると白い妖精みたいだと思っていた真っ白いコートも

すっかり灰色にくすんでしまいみすぼらしかった。

そんな自分を見つけてふいにオイオイと声をあげて泣きたくなった。

誰かに背中をさすってもらいたい。

誰かにあたまをなでなでしてもらいたい。

なぜかきょうだけは5才の子供のように訳もなく泣いてだれかに

だっこしてもらいたくなった。

これがいわゆるホームシックというものなのかもしれない。

ひとりぼっちで寂しい、かといって人に会うと極端に疲れるし、

鏡で自分の姿を見るとなんともみすぼらしくて小さい。

何もうまくいかないように思える。

なにかにとても疲れているんだなと思った。

ただただひとりぼっちを感じるだけ。

この一週間はそんなスパイラルに落ちてしまった。

new york11

なにもしたくない。

こんなときは家でだらだら回復を待つしかなかった。

この家主の本棚にあった「ダライラマ、こころの育て方」

や「人間失格」太宰治などいろいろ試したがどんな本も文字を追っても

頭に入らず全部途中でギブアップ。

最後に向田邦子「思い出トランプ」に落ち着く。

どんな小さな人生にも哀しいドラマがある。

人間っていろいろあるんだなー。

どうしようもない気分でベットにうつぶしてひとりで大泣き。

そして「ちっちくーん」と昔飼っていた犬の名前を叫んでみた。

(小説とはまったく関係なし)

単純に泣くことができて満足したんだと思う。

真夜中に起きてうどんを食べて寝て起きたら、

またお腹がすいていた。

けだるいながらも、真剣に野菜を切ってスープを作り始めたら

だんだん元気になってきた。

料理はいつもと違う脳みそを使うらしい。

わたしがホームシックと戦っているあいだ、NYは春のように暖かい

一週間だった。

きょうからまた冬に逆戻り。雨。

魚座

2010年3月8日

指輪をなくしてしまった。

一年半も毎日つけていたのだから、それはもう自分の一部のような物で

中指にぽっかり穴があいたような気分。

探しても探しても見つからず。

ぜったいありえないと思いながらも、もしかしたら料理をしたとき

タマネギや人参の皮と一緒にゴミ箱に落としてしまったのかもしれないと、

何度も 自分にあきらめを促すのだけれど、それでも時間を巻き戻したいと

また何度も思うのだった。

それ以来いろんなだめなことが立て続けにおこる。

なぜか男友達とけんかするようなことになったり、、。

おまえはサムライかと言われるほど、切りまくってやった。

しかし自分がどんなに正当なことを言っていても、正当なことを言う

ことが、必ずしもいつも正しいというわけではないことも知っている。

でもわたしは、おかしいことはおかしいと言いたいのだった。

自分はけんかして水に流しましょう、といういい性格の人間だと

今まで思っていたけれど、もっといいのはけんかせずに水に流せる人間だ

とわかった。

この場合、大和撫子としてぐっと言葉をがまんし丁寧に魚をさばくように

問題を説明、 解決するべきだったとだと反省する。

ここで反省するところがまた女々しくて、、、そんな気苦労をする

自分がまたかわいそう。

park

こんなだめな時なぐさめに、星占いをのぞくと

どの占いを読んでも今、魚座は 最高潮 、星5つ!!

自分がとてもツイてないなと思っている時に、

アンタ今がサイコーと言われたら、どうすればいいんだろう。

なんのなぐさめにもならない星占いである。

黒田光一さんのギャラリー

2010年3月2日

このあいだのAkaakaでの展示の時、最終日に会場の記録写真を

写真家の黒田光一さんに撮ってもらった。

黒田さんは 風貌はそうでもないけれど、黒田さんの写真は

とてもジャズィーな感じがするなと思っていたら、

まさに音楽のように写真を撮る人だった。

あとで撮ってもらった写真を見て驚いた。

自分に記録写真を撮るセンスがないからこそ、展示の記録

写真を頼んだつもりだったのに、それはあきらかに黒田

ワールドで、普通の記録写真ではなかった。

この構図は、黒田さんならではのものだと思う。

例えば、これ。

なぜかDVDの画面を撮っていて、言ってみれば、粒子が美しい。

展示4

例えばこれ。テーブルの赤が美しい。

展示3

こんな前衛的な記録写真は、もはや記録写真ではなく、

もっともアバンギャルドに記録された黒田さんの作品

のようである。さすが、写真家というのはおもしろい。

わたしはただの記録写真でさえ型にはまらなくていいのだという

ことを教えられた。

そんな黒田さんがギャラリーを開設したそうで、

そのギャラリーにわたしのサイン本を置いてくれることになった。

場所は吉原のど真ん中というかなりレアな場所にあって、

迷いながらそこにたどり着く道のりまでもが、黒田ワールドに思える。

この黒田さん手作りの地図も笑えた。

きっとそのギャラリーも黒田さんらしい ジャズィーで

独特な空間なんだろうと思う。

こんなプライベートギャラリーなんてなかなかできないな。

黒田さんの熱意を感じずにはいられない。

ぜひ道に迷うことを前提に、(これ重要!)

ふらふら遊びに行ってみてくださ〜い!

バレンタインデー

2010年2月27日

昨日たまたま久しぶりに父のブログをちょっとのぞいてみたら、

父がバレンタインデーにチョコを何個ももらったというホクホク

した日記だったので、驚いてしまった。

わたしは父との思い出深い記憶はなにかと聞かれたら

小学生の時バレンタインデーに父にプレゼントしたハンカチを

思い出す。きれいにラッピングされた四角い箱の中にはチョコ

ではなくチョコレート色をしたハンカチが入っていた。

バレンタインだからチョコという当たり前の発想がいやだった。

チョコよりも心のあるものをと考えた末のいじらしいアイデア

だった。 結果、田舎者で無粋な父はどうせチョコだと勘違いし

それをそのまま冷凍庫にほおりいれ、ハンカチはみごとに冷凍された。

それを見た私はもちろん失望し、それ以来父に義理チョコさえ

思いついたことはなかった。

しかし今年、妹までもが父にチョコを贈っているとは、、、、

わたしは真顔で「やられた」と言わずにはいられなかった。

まさか、毎年これをやってたんじゃあ、、、

妹という生き物はいつもこのように、なにげなく父をくすぐる方法を

生まれた時から知っている。私はあきれるばかりである。

まおちゃんやまりちゃんからチョコをもらってうれしそうに

へらへらしている父が目に浮かんだ。

よかったねえ。

写真を貼付ける方法も覚えて、ワープロもたどたどしいが

がんばってブログをやってる父をかわいいなと思いながら

読み進めて行き、ふいに最後のフレーズに絶句した。

こんな無粋な父をどうか許してほしいと思うのだった。

ここにリンクを貼るのをたいへん戸惑いつつ。。


昨日はバレンタインデーパパもチョコをもらいましたよ。

近所の女の子、小学校の2年生、2個も写真です。

東京から、ちさのチョコが急便で届きました。高いチョコでしょう。

写真です。又、マリから、クッキイをつくたのでともらったので写真を

パパはたべないから、ままがよろこぶでしょう。

以上