2010年2月 のアーカイブ

バレンタインデー

2010年2月27日 土曜日

昨日たまたま久しぶりに父のブログをちょっとのぞいてみたら、

父がバレンタインデーにチョコを何個ももらったというホクホク

した日記だったので、驚いてしまった。

わたしは父との思い出深い記憶はなにかと聞かれたら

小学生の時バレンタインデーに父にプレゼントしたハンカチを

思い出す。きれいにラッピングされた四角い箱の中にはチョコ

ではなくチョコレート色をしたハンカチが入っていた。

バレンタインだからチョコという当たり前の発想がいやだった。

チョコよりも心のあるものをと考えた末のいじらしいアイデア

だった。 結果、田舎者で無粋な父はどうせチョコだと勘違いし

それをそのまま冷凍庫にほおりいれ、ハンカチはみごとに冷凍された。

それを見た私はもちろん失望し、それ以来父に義理チョコさえ

思いついたことはなかった。

しかし今年、妹までもが父にチョコを贈っているとは、、、、

わたしは真顔で「やられた」と言わずにはいられなかった。

まさか、毎年これをやってたんじゃあ、、、

妹という生き物はいつもこのように、なにげなく父をくすぐる方法を

生まれた時から知っている。私はあきれるばかりである。

まおちゃんやまりちゃんからチョコをもらってうれしそうに

へらへらしている父が目に浮かんだ。

よかったねえ。

写真を貼付ける方法も覚えて、ワープロもたどたどしいが

がんばってブログをやってる父をかわいいなと思いながら

読み進めて行き、ふいに最後のフレーズに絶句した。

こんな無粋な父をどうか許してほしいと思うのだった。

ここにリンクを貼るのをたいへん戸惑いつつ。。


昨日はバレンタインデーパパもチョコをもらいましたよ。

近所の女の子、小学校の2年生、2個も写真です。

東京から、ちさのチョコが急便で届きました。高いチョコでしょう。

写真です。又、マリから、クッキイをつくたのでともらったので写真を

パパはたべないから、ままがよろこぶでしょう。

以上

生クリームとワッフル

2010年2月25日 木曜日

きょうは大切な一日にしようと思っていた。

外は雨だった。

朝、妹とスカイプ。

朝からしたくもないのになぜかがっつり姉妹げんか。

これはだめだと気分を入れ替えて

新聞を買って星占いを読む。

よしよし。いいことあるって書いてあるぞ。

せめて今日くらいはネイルサロンに行ってみようかなー

と思っていたら電車を降り損ねてしまいあえなくそのまま暗室へ。

暗室で2時間髪を振り乱してプリント。

夜、ある男の人がディナーに誘ってくれたので、

乗り気ではなかったけど、一人で過ごすよりマシと思ってノコノコと

雨の中ジャズバーへ。

好きでもない男と特別な日を過ごす。そんな自分にちょっとブルーに

なりながら、いや、友達だから大丈夫。などなど

いろいろ気をもんでいたけれど、

結局なんの心配もなかった。

相手も私のことをなんとも思っていないことがわかった。

安心でもあり残念でもあった。

ああ、これが女心ってもんよねー。

ふったのにふられた気分ってこのことかと思う。

なんとかやり過ごし、その友達に感謝しつつも

いまいち楽しめなかった自分を責めながら。

とりあえずとてもジャズィでブルーでアメリカンな雨の夜が終わった。

深夜23時、家に帰ってひとりで生クリームをワッフルに乗せて

食べた。するとむふふと笑えた。

いくつになっても、どんなに雨が降っても、どんなにさみしくても

今日はうれしい日なのだと思う。

盛大にろうそくを吹き消して丸いケーキを食べることが、

あたりまえだと勘違いしていた小さい頃の自分を思い出す。

そんな勘違いをさせてくれた両親に感謝。

わたしは幸せな子供だった。

しずかな夜は、いろんなことに感謝するためにあるのだった。

メールを開けてみたら友達からおめでとうメールが!

あまりにもここ最近年をごまかしてきたので、自分が何才なのか

はっきりしなくなっていたわたしは 一人の同級生によって

はっきりと自分の本当の年を教えられる。

例えば、

5才だと思っていたけど6才だったんだ私。。。とか、、

そんな、そんな誕生日。

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ミラクル

2010年2月20日 土曜日

オムレツを作ろうとして失敗した。

これはフライパンがよくなかった。

これはどうやっても、ひとつフライパンを買うしかないな、

と思いながら焦げたオムレツを食べた。

次の日雪が溶けて凍った道をつるつる滑りながら歩いていたら

フライパンが落ちていた。

どういうことだろうかとしばらく首をかしげた。

まさに、思い描いていたものが、道の途中にあったのだから。

それはちょうどわたしが欲しいと思っていた大きさであり、

ちょうど欲しいと思っていたテフロンのフライパンだった。

しかも新品!まだシールが張ってあった。

とても不思議だった。

考えた末、ついにわたしは言った。

”ああ神様、、、ありがとうございます!”

このようにして捨てられたフライパンは、私に拾われた。

どう見ても両者ともハッピー。

こういう不思議なことがあるんですね。

わたしはMoMAに行きたいなといつも思っていた。

でも入場料が高いからわたしは行くに行けず、

長い間くちびるをかんでいた。。

そして久しぶりにある友人に会った。

その人はわたしのとても大切な友達だった。

その人が言った。

「おかえり。NYに戻ってきたお祝いにこれをプレゼントするよ」

それは、なんとMoMAの一年間フリーパスだった。

えええーー信じられない!!

その人いわく、ニューよーカーの条件とは、

「精神科医にかかること」

「ヨガに行くこと」

「NYタイムスを読むこと」

「MoMAの年間パスを持つこと」

の4つだそうで、(ほんまかいな。)ちょっと疑ったけど、

わたしはニューヨーカーとしての第一歩を踏み出した気が

してうれしかった。

たまにこういう不思議なことがあるんですね。

わたしもいつか、だれかにこんな粋なプレゼントができるような

人になりたいと思った。

あしたは、マッキントッシュが落ちてますように。

あしたは、あの人に会えますように。

また小さな不思議に出会えますように。

NYC

疑う心

2010年2月17日 水曜日

きょうはたいへんな一日だった。

簡単に言うと財布をなくしたのだった。

ものすごいダイナミックな流れだったのだけれど、

私の筆力ではこれをうまく説明できないので、簡単に書くと

まず、

→暗室で怪しそうな人を見た→気をつけた方がいいと思った→

→人を疑う心はよくないと思った→→でもどうやっても怪しすぎるその人→

→やっぱり気をつけた方がいいと思った→

→財布を暗室のあるところに入れた(隠した)→

→暗室が終わった→→疲れていた→

→財布のことをすっかり忘れた→→お腹がすいていた →

→電車で20分途中下車→→中華料理屋に立ち寄った→

→財布がないことに気づいた→→暗室に電話をした→

→「緊急です!5番の暗室見てください!!」→

→そんなものないと言われた→

→転落、絶望!→

→あの怪しい人が思い浮かんだ→→まさか?!やっぱり!?人を疑う→

→しだいに犯人はあいつしかいないと勝手に思い込む→

→妄想が進む→家に帰っても私には現金がないことに気づく→

→大切なお守りが入っている→→パニックになる→

→冷静になろうとする→→ お金を借りる→

→タクシーに乗って 暗室に戻る→→タクシーの中→→

→これから銀行などの面倒な手続きを考えると泣きそうな自分→→

→しかしあきらめが肝心→

→この不幸から学ぶことを挙げてポジティブに反省→

→ 暗室到着→ →→ →暗室5番に走る→

→引き出しを開けて確かめてみる→

→目を疑う→→

→なんと、財布がーーーーーーありました!!!

→ふたたび自分の財布に出会えたよろこび→

→その場で踊る→→知らない人にまでありがとうを言って回る→

→怪しい人はいまだに怪しいが人を疑ったことを大反省→→

→→ 中華料理屋に戻る→なぜか太っ腹になる→祝い酒→

→財布にあった現金をぜんぶ使って友達に中華をごちそうする→→

→お騒がせしました。→→ああ疲れた。

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きょうは「人を疑うこと」というのがテーマだったと思う。

疑うことは、よくないという教えである。

人を疑い、ひとりで妄想し、ひとりで 奈落の底に 転げ落ち、

ひとりで納得し反省し、学んだ気になってひとりで立ち上がり、

そしてもともと自分が勝手に忘れた財布を見つけて、

まるで臨時収入を得たような気分になる。

まさに寅さんの筋書きにありそうなストーリー。

わたし。。。こんな自分がほんとうに 面倒くさい と思う。

健康的なこと

2010年2月9日 火曜日

今日は大雪という天気予報だったので、わざと寝坊した。

きょうは何もやることもないし、(ほんとはある)

家で音楽でも聞きながら、コーヒーをドリップしつつ

窓の外の降る雪を見つめてぼんやり過ごそうと思っていた。

が、待てど暮らせど雪は降らなかった。

窓から雪の見えない日に一日家にいるのは罪悪感を覚える。

どうせ一日引きこもるなら、コトコトとシチュウでも作ろうと

スーパーに買い物に出かけた。毎回スーパーに行って思うことだが、

ここはとても健康志向な街だと思う。例えば牛乳一つにしても無脂肪

とか低脂肪ばかりで、「普通の牛乳どれですかー」と私は聞きたかった。

ヨーグルトも、低脂肪、無脂肪と書いていないものの方が少ない。

鶏肉は脂肪分の少ない胸肉が主流でもも肉がほとんどない。

わたしもずいぶん健康的なことが好きな人間ではあるが、ここに来て

ヘルシーという言葉にかなり疑惑を感じている。

ヘルシーとかオーガニックでなくていいから普通でいいと思う。

オーガニックやヘルシーにまどわされると、普通のものが悪く

思えるからよくない。

例えば、アメリカ人は白いパンより全粒粉のパンのほうが健康的だと

言う。なんとくだらない!

わたしはそれを知って以来、意地でも白いパンにこだわるようになった。

自慢ではないが、わたしは朝からバナナに生クリームとチョコレート

シロップをかけて食べることができる。(というかそれが好きだ。)

そして、家で中華を作るときは中国人並みに油を使うし、

(というかそうでなければ中華ではない。)

インスタントラーメンもコーラもコーヒーももちろん酒も

ぜんぜん悪くないと思ってしまう。

街を歩いていたらクリーニングやでさえ「オーガニッククリーニング」

というサインをだしていて、いったいなにがオーガニックなんだろうか

と不思議になる。オーガニックとつくだけでとても健康的で高級感が漂う

が、そのような高級な健康にこだわる人ほど不健康な人が多いというのが、

私の見解である。

たまに焼き肉屋に行って胸焼けをおこすくらいがかえって健康的でしょう。

そういうわけで、きょうは5時間もコトコト煮てお肉がとろとろになった

ところに生クリームと牛乳を入れてホワイトシチュー。かなりfat!!

こんなときだれか遊びにこないかなと思いながら、

窓の外の星を見ながらの夜11時のひとりディナー。

テレビでニュースでも見たい気分だが、テレビはあるのになんとこれが

叩いても映らないテレビなのであった。

おかげで、とてもゆっくり時間が流れる。

わたしは健康的ではなくとも、とても健康である。

それに感謝してきょうはビール。

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