健康法

2010年6月30日

わたしは意志が弱い。

明日までに書かなければいけないたった400字の文章を

1ヶ月も前からのばしてのばして、ついに絶体絶命。

なのにまだこうやって逃げている。

意志が弱いだけでなく、朝にも弱い。

2度寝どころか懲りずに3度寝4度寝してしまって

そんな自分に落ち込むことが多い。

自分がだめなところを言い出すときりがないけれど、

でもこうやって不真面目な自分に落ち込んだりする自分のまじめさ

が自分をもっとダメにしているのではないか。

なんの努力も進歩もしていない、それは確かによくない!!

けれど、朝に弱いのは昔からだし、エンジンがかかるのが遅いのも

昔からだしそんな自分の性格はもう治らないのだから、悩んだり

責めたりするのはもうやめよう。

朝はとりあえず

「おぱよう。あーこさん、今日もよく寝たね。」と自分に言う。

ダメな自分がそこにいても、とりあえず笑っておこうというのが

最近のわたしの進歩である。

それだけでなく世の中には、努力しても努力しても自分には

どうしようもないことがある。それはしょうがない。

悩んだって怒ったってどうにもならないことが、たくさんある。

コントロールできないことに気を病むよりも、短い人生をどう

やって楽しく過ごすかが大事だと思うようになった。

そして最近はあんまり自分にイライラしなくなった。

以前は、朝ストッキングがうまくはけないだけで発狂していたのに

昨日の朝はヨーグルトを自分のひざに落としただけで笑っていた。

それは自分の脳の片隅にいつもとちがう色が見えた一瞬だった。

これは訓練かもしれない。

このあいだはある人から届いた手紙を読みながら泣きたくなる自分

を必死でこらえることができた。

悲しいことがあっても泣くと不幸な顔になるから泣かない。

言ってみれば人は悲しいから泣くのではなく、泣くからもっと悲し

くなるのだから。

そこで、泣きたい時むりやり笑うのにはどうすればいいのかというと、

健康ボール(バランスボール)の上に座ってジャンプしながら

意味もなく声を出してケラケラ笑う。

その様子はフラフープをするオバさんに匹敵するほど滑稽であるが、

こういうことは滑稽であれば滑稽であるほどよい。

ボールの上でジャンプしていると、体が勝手に楽しくなって笑いが

止まらなくなって、さらにそんなことで笑っている自分にまた笑って

しまうという、、、

きょうも朝から大笑いした。

最近はそんなかなり革命的、かつかなり狂気な健康法。

お知らせ

2010年6月19日

わたしの大学の同級生で最大のライバル☆岡本真菜子の写真展

を 表参道のMUSEE Fでやってます。「明るさ」6月19日まで。

http://www.omotesando-garo.com/museef/MF.html

わたしが大学時代からいろんな意味でとても影響を受けて育ってきた人。

えエーもしかして19日(土曜日)って明日??わたしも行きたい!


そしてもうひとつ。

銀座のリコーのリングキューブで

その名も「飯沢耕太郎が注目する美人写真家4人の写真展!!!」

(だれも言ってくれないから勝手にタイトルを変えてみた)

野村恵子、うつゆみこ、宮下マキ、藤岡亜弥という

メンバー。6月27日まで。

うん、なんかいいね。この名前が並んでいるのを見たとき

ビーチバレーのチーム組むならこの3人の誰と組んでも

強そうだなと思った。それにみんなお酒強そう。(なんとなく)

私はNYのシリーズから9点出しましたが、

どうだろう。どうですか?

わたしにもわかりません。

http://www.ricoh.co.jp/dc/ringcube/event/message2010.html

リコーの和田さん、ほんとうにお世話になりました。

エンターティナー

2010年6月13日

2年ほど前、アメリカが不景気のまっただ中の時、「お金に困っている人に現金配布でタイムズスクエアに長蛇の列」というニュースが流れ世間を騒がした。これは実業家 が主催した「救済」イベントだそうで参加者が語る身の上話の内容により現金50ドルか100ドルを手渡すというものだった。どれだけ自分の不幸を上手にプレゼンできるかということなのだろうけれど、わたしはこの時これは日本人のメンタリティではこれはできないだろうなと興味深く思ったのを覚えている.

NYに来てまずいつも感心するのはアメリカ人はよくしゃべるということである。そしてさらにステージに上がってスポットが当たることに慣れているから人前での演説がうまい。そのように小さい頃から学校や社会で訓練されて来ているのだろう。はずかしいからいやいやと言う人をアメリカでわたしはほとんど見たことがない。それを見てはいつもああここはエンターテイメントの国なんだなと感心する。自分はどうやったらあんなエンターティナーになれるのだろうといつも思うのだった。

たとえば、ホームレスの人たちでさえ演説が光っている。地下鉄に乗っているとホームレスの人がやってきてお金を乞うのだけれどその演説の内容はもちろん不幸自慢がベースになっている。そしてそれがあまりにもエキストリームでおもしろい。

わたしはこのあいだまでなるだけそのような人とは眼を合わせないようにしていたのだけれど、最近はそれが始まると待ってましたとばかりに読んでいる新聞を閉じ彼らのプレゼンに食い入るようになった。ひそかに観察し勉強をするのである。そしてたまにいいものを聞かせてもらったなと感動したら(笑えたら)微力ながらポケットに入っている小銭を寄付するようにしている。私のなかで「ずうずうしさ」が高ければ高いほどポイントは高い。

ちなみに最近聞いて印象に残っているのはこんな感じ。

「レディースアンドジェントルマン!私は、38才の無職です。父はアルコール依存症、母は不倫中、妻は120キロもある巨体です。そして妻はいつもダイエットコークばかり飲んでいます。そのダイエットコークを買うのに毎月どれだけお金を使わなきゃいけないと思う?娘は生まれつき体が弱くて病院に入っているけど、出て来てもミルクを買うお金さえないんだから。私も今日寝るところがない。だって妻が太り過ぎてベットに寝れなくなり家を追い出された。だからプリーズプリーズヘルプミー」と言ってた。(この話、決してわたしは脚色をしていない。ほんとにそんなことを言っていた)

さらに次の人は「僕の生活はとにかくたいへんなんだ。医療保護もないし、職もないし家もないし家族もない。でも僕にだって生きる権利があるんだから、あなたに慈悲の心があるならどうか恵んでください。お金がなかったらあなたのバックに入っているリンゴでも食べかけのサンドイッチでも何でもいいです。ください。でも、もしなにもくれるものがなかったらあなたのハグでさえ僕の生きる励みになります。ハグしてください!アイラブユ」という、、、むちゃな熱弁だった。

そのくったくのない演説に度肝を抜かれ感心して見ていると、驚くべきことにけっこう多くの人が笑いながらお金を恵んであげていて、しかもなんとわたしの隣の人にいたっては自分がちょうどまさにつけようとしていたハンドクリームをその人にも丁寧につけてあげていた。。。。ありえないけどおもしろい。その身の上話を聞いて悲しくなって泣けてくるというわけでもなくなぜか笑ってしまい拍手してしまいたくなるのだからこれも一種のエンターテイメントだと思う。ここは不思議な街だなと思う。こんなときまた生きる勇気をもらう私なのだった。

ちなみに長い間観察をしていて分かったことがある。臭い人や陰気くさそうなホームレスには乗客は眼を伏せて知らんぷりだが、パフォーマンスが堂々としていてフットワークのよいホームレスには乗客はチップをあげやすい。ポイントは「軽やかさ」なのだと思う。「哀れ」なのことを軽やかに堂々とやると、人はぎゃくにそれに気持ちよさを感じるのかもしれない。

あっぱれ!

平和について

2010年5月7日

5年前にベルギーの平和運動に参加した。

一日30キロ、10日間で300キロ歩いた。

これは平和市長会議(2020年までに世界から核兵器を廃絶する)に向

けての運動で、ベルギーを横断しながら市長を訪ねてまわり平和市長会議

への参加のサインを集めるというのが趣旨だった。

これに参加したのには3つの理由があった。

ひとつはそのころ自分の写真のスタイルに限界を感じていて、真のドキュ

メンタリストになるにはどうすればいいのかもがいていたこと。

そしてもうひとつは 広島県人として一度きちんとヒロシマに向き合うべき

なのではないかと考えたこと。

広島県人だからヒロシマをテーマにするとは安易な思いつきだが、なんら

かの社会的な視線をもつためには、必ず私的な理由が必要だった。

最後のひとつは、そろそろ会社を辞めたいと思っていたからである。

そんなとき、いいタイミングでスロバキアのヒッピーの友人から

メールが来てこのピースウオークの話を知ったのだった。

会社を辞めてはるばるベルギーまで行って平和のために揚々と闊歩する

つもりで参加したものの、現実は厳しかった。

いきなり初日から歩き過ぎで靴づれとなり2日目には足の裏の皮が剥け

3日目にしてわたしは体力と気力の限界を感じた。

しかも夜はテントである。

いくらわたしがスポーツジムで体を鍛えていたからといっても、筋肉が

あることと歩くことは話が別だった。

そして平和に対する思想のないわたしがひょっこりそんなピースウオ

ークに参加するのは、日芸生が司法試験の会場に行くようなものだった。

もうチンプンカンプンである。

原爆についてなにか聞かれるたびにわたしは自分の考えの未熟さと無知

を思い知った。もう帰りたくて毎晩ほとんど泣いていたにもかかわらず、

わたしの悪い癖で抜けるきっかけが掴めず、ついに 10日間結局最後まで

歩き続けてしまった。

訳が分からないまま 国連前で白い衣装を着てガスマスクをつけての寸劇

や、灯籠流しやデモに参加する自分を冷めた眼で見ていたと思う。

どうであれ、壮絶な思い出である。

その後これらの経験をなにかの形にまとめるべきだったのが、核兵器廃絶

や平和について自分の思想をきちんと言葉や写真に組み立てる力がなく

わたしはこのベルギーでの経験を5年間タンスの中にしまったままだ。

これが漬け物のように、いつかいい味となるのならいいのだけれど。

NYではいま国連で 核拡散防止条約の再検討会議(NPT)が開催されて

いて、あのときのベルギーの仲間がNYに来ている。

ベルギーの活動家のポールはいまや2020平和市長会議を取り仕切る

一人であり、そしてオランダのクリスタはNYのタイムズスクエアのステージ

で「わたしの国は核共有国です。そんな国から来たわたしを許してくださ

い。国の責任はわたしの責任です」と演説した。

そしてさらに思いもよらずあのときベルギーで被爆者として証言した佐藤さ

んにも再会。もう80才だけど5年前と変わらずお元気そうでよかった。

佐藤さんはわたしがポールと同じ平和活動家だと信じている様子で、いつも

どうも話が食い違うのだけれど、自分が佐藤さんが思うほどのジャーナリス

トになれたらどれだけいいかとつくづく思う。

今回の国連の会議に合わせておそらく2000人近くの日本のサポーターや団体

被団協の人たちが日本からNYに集まり平和行進やイベントが行われた。

それぞれ日本人のド根性をみせているかのような衣装だったが、みんな

がいい笑顔で 天気もよく気持ちのいい大行進だったと思う。

わたしもポールに頼まれてその平和行進を撮影。

いい写真を撮らなければいけない時に、期待に応えられるいい写真家にな

りたいが、そういうときにかぎって緊張して手ぶれをする情けないカメラ

マンっているけれど、なんでそれがいつも私なのだろうか。

しかし久しぶりに一生懸命写真を撮っていい運動をした後のような清々しさ

があった。

自分の考えをはっきり持って主張することは難しいが、自分なりに少しだけ

平和について、世界の中の日本について、自分の国のヒロシマについて、

それに関わる自分について考えた一日だった。

実験中

2010年4月29日

生きていけないんじゃあないかと思うくらい朝起きるのがつらかったり、

きれいに咲く桜を見て嫌な気分になったり、、、

これは普通じゃあないんじゃあないかとある人に相談したら、

「アナタ、それは超低血圧なだけよ、朝バナナ食べなさい。

わたしの言う通りにしてれば治るから」

と言われて、毎朝バナナを食べることを約束させられた。

しかし無理矢理起きて朝とにかくバナナを食べることはもう痛々しいと

いう表現を超えていた。

朝から普通にバナナを食べるほどの元気があったらもう低血圧ではない

のだから。

そんなことがはじまりで、泣く泣く体質改善を考え始めた。

これまでの自分の食生活を見直すとかデトックスとか、ちょうどいい

年頃かもしれない。

ここでみなさん!

長い間大変お世話になりましたが、

わたしお酒をやめました

(今なにか言ってる方、はいはい。わかりますよ。その寂しい気持ち。)

酒豪と呼ばれてはやOO年、いったいどれだけの酒を飲んで来ただろう。

夕食には赤ワイン、お風呂上がりに缶ビール、寝る前にウイスキー、

お昼には梅酒と粋にお酒を楽しむわたし、飲みに行けばグラスではなく

ボトルを、ジョッキではなくピッチャーをと、まるでオッサンみたいに

頼もしく飲めるわたしがお酒をやめるなんて、信じられないでしょう。

けれど本当なのである。どうしても飲みたい時には飲めばいいとさえ思っ

ているものの、もうかれこれ飲まずに1ヶ月が経つ。

意外なことにお酒やめるのはけっこう簡単だった。

お酒を飲まなくても、水で酔っぱらえるような人間だったんだなということ

である。

お酒を飲まなくなると、チーズやオリーブとか生ハムとかチョコとか、

そういったお酒のおつまみになるようなものも食べなくなるもので、食生活

も少し変わった気がする。

お酒のない食卓にはまったくムードがないが、

ワイングラスで水を飲むのも高級感があって悪くない。。

こんなことができるなら、あれだけベジタリアンをばかばかしいと思って

いたわたしが、いよいよベジタリアンになる日もそう遠くないかもしれな

い。

実はもうひとつやめたものがある。

それはコーヒーである。

なんと意外にもこれはお酒をやめるよりはるかに難しかった。

コーヒーを飲めないのはあまりに痛苦でがまんできず、これは精神的に

よくない。そこで今まで一日10杯飲んでいたところを1杯にすると

いう努力をしている。

自分はコーヒーホリックだったんだということにやっと気づいた次第で

ある。もう美味しくないコーヒーをがぶがぶ飲まないかわりに美味しい

コーヒーを一杯だけ飲もう。

お酒とコーヒーをやめたことがどれだけ健康に影響するのか分からない

が、かつてこんな身を削る実験があっただろうか。。

人生ではじめて摂生している気がする。

食生活を変える、それは生き方を変えることであるらしい。

勇気を持って生き方を変えつつある自分は本当にエラい!

エラーい!!エラーい!!!